大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成12年(ワ)3631号 判決 2000年7月28日

原告

岡山紙業株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

中村道男

中村有作

被告

右訴訟代理人弁護士

関口徳雄

主文

一  被告は、原告に対し、別紙目録記載の商標権の移転登録手続をせよ。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

主文同旨。

第二事案の概要

一  争いのない事実等

1  当事者

(一) 原告は、紙類及び紙製品の販売を業とする会社である。

(二) 被告は、通信販売業を営んでいた共済メール株式会社(以下「共済メール」という。)の代表者である。

2  原告・共済メール間における担保差入れ等に関する契約の成立

(一) 原告と共済メールは、平成九年八月二八日、概要以下の内容の契約を締結した(甲九)。

(1) 共済メールは、平成一〇年二月末日までには、第三者との営業権譲渡契約を完了し、原告に対する債務である一億六八四四万二九五〇円を完済する。

(2) 共済メールは、原告に対し、担保物として、共済メールが保有していた共済組合員特別リスト五五万五九七九名のテープ及び定期刊行物「共済ニュース」の認可書(営業権を含む。)を差し入れる。

(3) 右(1)の約定が履行された場合、原告は共済メールに対し、右(2)の担保を直ちに返還する。

(4) 右(2)記載の物品については、原告は大切に保管し、第三者に対する貸出しなどはしない。ただし、共済メールに破産・和議・会社整理・支払手形の不渡り等が生じた場合、原告が担保権の実行として行う本件担保の処分について、共済メールは原告に対し、異議・苦情・その他の請求をしない。

(二) 右約定により、原告は、共済メールより差し入れられた右担保物(以下「本件担保物」という。)を保管することとなった(甲一二、二二)。

3  原告の破産申立てと原被告間における合意書の作成

(一) 共済メールは、平成一〇年二月一五日、手形不渡りを発生させ、銀行取引停止処分を受けた。

(二) 原告は、同年三月、東京地方裁判所に、共済メールについて破産の申立てを行い、同年六月二二日に、同裁判所において審尋が行われた。

同日審尋後、原告と共済メールとの間で話合いが行われ、共済メールは、原告に対して、本件担保物に関しては、原告において処分することに異議がない旨約した(甲一五、弁論の全趣旨)。

原告は、右破産申立てを取り下げた。

(三) 原告は、同年九月九日、共済メール及び被告との間において、合意書を交わしたが、それには、(1)本件担保物の譲渡に関しては、同年六月二二日にされた合意のとおりであること、(2)原告は、破産申立ての取下げにより裁判所から返還される予納金四〇〇万円のうちから、共済メール及び被告に対して、解決金として二〇〇万円を支払ったこと、(3)被告は、平成一〇年六月九日に商標登録出願を行った別紙登録商標目録記載の商標(以下「本件商標」という。)に関する一切の権利を原告に対して無償で譲渡し、原告は、これを譲り受けたことが記載されていた(以下、この合意書を「本件合意書」という。甲一七)。

4  本件商標権

被告が平成一〇年六月九日に商標登録出願を行った本件商標については、平成一一年九月二四日、被告を商標権者とする商標登録がされた(この商標権は別紙目録記載のものであり、以下「本件商標権」という。)。

二  本件は、原告が、被告に対し、本件合意書の約定に基づいて、本件商標権の移転登録手続を求める事案であり、本件の争点は、本件合意書の約定が被告の意思に基づくものであるかどうか(意思表示の存否及び心裡留保の存否)という点である。

三  争点に関する当事者の主張

1  被告の主張(意思表示の不存在及び心裡留保の主張)

(一) 以下の諸事情からすると、本件合意書を作成した当時、被告は本件商標権を原告に対して譲渡するとは考えておらず、本件合意書において、被告は確定的な意思表示をしていない。

仮に、本件合意書により、外形的に被告の意思表示があったとしても、この意思表示は、心裡留保に基づくものである。

(1) 本件は、本件商標権だけの問題ではなく、約八億円相当の価値を有する「共済ニュース」の発行権に係る問題である。

(2) 原告は、担保として取得した公務員顧客リストや定期刊行物の認可書を他に売却して暴利を得るために、前記第二の一2(一)(1)の約定に反して、共済メールに対する手形を取り立てた。そのため、共済メールは、前記第二の一3(一)のとおり、手形が不渡りとなり、倒産した。

被告は、共済メール倒産後、約一〇〇社に対する債務の返済を完了し、共済メールを再建することを視野に入れていた。また、本件商標権は、少なくとも二億円以上の価値があった。

このような状況で、被告が、原告に対して、本件商標権を譲渡することはあり得ない。

(3) そもそも、原告は、本件商標権には関心がなく、公務員顧客リストと定期刊行物の権利についてのみ関心があった。前記第二の一2(一)の平成九年八月二八日付けの契約や前記第二の一3(二)の平成一〇年六月二二日付けの合意では、本件商標権に関する話はなかった。

(二) 右の諸事情からすると、原告は、被告の右意思表示が、被告の真意に基づくものでないことを知っていたか又は知り得たというべきである。

2  原告の主張

本件合意書は、被告の真意に基づくものである。被告は、本件合意書を交わした際に、原告に対して、本件商標権に関する重要な書類を任意に引き渡した。

第三当裁判所の判断

一  前記第二の一の事実並びに証拠(甲九、甲一三の一、二、甲一四、甲一五ないし二〇、二二、乙一一、一二)及び弁論の全趣旨によると、以下の事実が認められる。

1  共済メールは、平成一〇年二月一五日、手形不渡りを発生させ、銀行取引停止処分を受けた。

2  原告は、同年三月、東京地方裁判所に、共済メールについて破産の申立てを行い、同年六月二二日に、同裁判所において審尋が行われた。被告は、共済メールの代表者として出頭し、同裁判所に対して、原告の債権は、担保権の実行によって弁済済みであると記載した書面を提出した。

3  同日審尋後、原告と共済メールとの間で話合いが行われ、共済メールは、原告に対して、本件担保物に関しては、原告において処分することに異議がない旨約した。また、被告は、原告に対して、被告が同年六月九日に行った本件商標に関する商標登録願の写しを渡し、本件商標に関する権利を譲渡する意向を示した。

4  そこで、原告は、右破産申立てを取り下げた。

5  原告は、同年九月九日、共済メール及び被告との間において、本件合意書を交わした。本件合意書は、原告代理人弁護士、被告らが立ち会って作成されたもので、本件合意書末尾には、原告及び原告代理人弁護士の記名押印並びに被告の署名及び被告の印鑑登録された印章による押印がある。

6  同日、原告は、共済メール及び被告に対して、右合意書に基づき、二〇〇万円を支払った。また、同日、被告は、原告に対し、本件商標に関する出願代理人宛の出願番号通知書及び被告の印鑑登録証明書を交付した。

二  前記第二の一の事実に右認定した事実を総合すると、原告による共済メールに対する破産申立てに関して、原告と共済メール及び被告は、(1)原告は本件担保物を処分して共済メールの原告に対する債務の弁済に充てることができること、(2)原告は、破産申立ての取下げにより裁判所から返還される予納金四〇〇万円のうちから、共済メール及び被告に対して、解決金二〇〇万円を支払うこと、(3)被告は、平成一〇年六月九日に商標登録出願を行った本件商標に関する権利を原告に対して譲渡すること、(4)原告は共済メールに対する破産申立てを取り下げることを内容とする和解契約を締結したものと認められる。

本件合意書は、右和解契約のうち(1)ないし(3)の部分を記載したものと認められ、右一5認定の作成経緯や右一3、6認定のとおり被告が原告に対して本件商標に関する出願関係書類を渡していることに照らしも、本件合意書は、被告の意思(真意)に基づくものであると認められる。

三  この点について、被告は、本件合意書作成に至る背景事情等から、本件合意書は、被告の確定的な意思表示ではないし、仮に外形的に意思表示があるとしても、被告の真意に基づくものではないと主張する。

1  被告は、「原告は、担保として取得した公務員顧客リストや定期刊行物の認可書を他に売却して暴利を得るために、前記第二の一2(一)(1)の約定に反して、共済メールに対する手形を取り立てたため、共済メールは、手形が不渡りとなり、倒産した。」と主張する。

しかし、証拠(甲九)によると、前記第二の一2(一)の契約(平成九年八月二八日付けの契約)の文言は、「共済メールは、平成一〇年二月末日までには営業権譲渡契約を完了し、借入金一億六八四四万二九五〇円を完済致します。」というものであると認められるから、原告が共済メールに対して平成一〇年二月末日まで債務の弁済を猶予するという内容のものであるとは認められず、他に、原告が共済メールに対して平成一〇年二月末日まで債務の弁済を猶予したことを認めるに足りる証拠はない。そうすると、原告が、平成一〇年二月末日より前に共済メールに対して支払期限の到来した手形の支払を求めたとしても、前記第二の一2(一)の契約(平成九年八月二八日付けの契約)に反したということはできず、共済メールが倒産したのは、原告の債務不履行が原因であるということもできない。したがって、共済メールの倒産に至る経緯に関する被告の主張は、これを採用することができない。

2  また、被告は、「共済メール倒産後、約一〇〇社に対する債務の返済を完了し、共済メールを再建することを視野に入れていたし、本件商標権は、少なくとも二億円以上の価値があった。」と主張する。

しかし、右二認定のとおり、共済メールは、原告が本件担保物を処分することを承諾していたのであるから、被告が、真に共済メールを従前どおり再建することを考えていたとは認められない。そうすると、被告にとって、本件商標権は、特に必要がないものであり、それを必ずしも十分な対価を得ることなく譲渡したとしても不自然ではなく、それよりも、被告としては、右和解契約の成立を優先させたと認めるのが相当である。

3  さらに、被告は、前記第二の一2(一)の平成九年八月二八日付けの契約や前記第二の一3(二)の平成一〇年六月二二日付けの合意では、本件商標権に関する話はなかったと主張するが、このうち、平成一〇年六月二二日付けの合意の際に本件商標権に関する話はなかった旨の主張は、右一3認定のとおり、これを採用することができないし、平成九年八月二八日付けの契約の際に本件商標権に関する話はなかったのは、本件商標権が平成一〇年六月九日に出願されていることからすると、当然のことであって、何ら被告の主張を裏付けるものではない。

4  その他、被告が主張する事情によっては、本件合意書が被告の真意によるものではないと認めることはできない。

5  よって、被告の右各主張はいずれも採用できない。

四  本件合意書の約定により、被告は原告に対して本件商標権について移転登録手続をする義務を負うものと認められるから、原告の本訴請求は理由がある。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 森義之 裁判官 内藤裕之 裁判官 杜下弘記)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例